NHKでマイケル・サンデルの究極の選択という番組を見ていて、もし橋下徹市長がテーマになったら、どうなるだろうと想像してみた。
ある高校の卒業式で、君が代斉唱の時間になった。
大阪府では君が代は起立して斉唱することが教員に義務づけられている。
教育委員会が職務命令を出し、条例でも「教職員は起立により斉唱」と定めているからだ。
これを確認するため、校長の指示で教頭が教職員の口元の動きをチェックした。
教育委員会が起立斉唱の状況報告を各学校に求めていたからだ。
校長は口元が動いていなかった3人を校長室に呼び、斉唱していなかったか確認した。
こうした行為は正しいだろうか。
クニオ、君はどう思う?
――僕は、間違ってると思います。
どうして?
――だって、卒業式は監視する場ではなく、卒業する生徒を送り出す場だからです。校長が先生を監視しているということを生徒たちが知ったら、せっかくの記念日が台無しになってしまいます。
いいだろう。トオル、君の意見も聞かせてほしい。
――私は問題ないと思います。校長は職務命令がきちんと守られているか教育委員会に報告する義務があります。もし、校長が教頭に監視させなかったら、命令が守られているかどうかわかりません。すると、教職員も命令を守らなくなる可能性があります。
命令を守らせるためには、監視が必要だということだね。
リカはこのことについて、どう考える?
――職務命令を守らせるには、監視しかないのかな。それは、あまりにも人を信用しない見方だと思います。それに・・・。
それに、なんだい?
――守るべき命令自体に問題があるかもしれません。君が代を起立して斉唱するというのは、本当に守るべき命令なんでしょうか。正しいのなら、守るように説得することができると思います。でも、もし正しい命令じゃないとしたら。守らない教職員の方が正しいということになりませんか。
トオル、何か反論はあるかい。
――命令が正しいかどうかは、問題ではないと思います。実際に命令は出されており、校長や教頭には管理職としてそれを教職員に守らせる義務があります。そうした義務を無視して、命令が正しいかどうかを管理職が勝手に判断していたら、組織の規律が守られなくなってしまいます。そうした自由までは認められないと思います。
誰か意見のある人は?タカシ、君はどう思う?
――規律を守ることが最上の目的であれば、トオルの言う通りだと思います。でも、そうでしょうか。規律を守ることによって失われるものはないのでしょうか。例えば、その卒業式に出た生徒たちは、監視した教頭やそれを命じた校長に失望するかもしれない。それは幸せなことでしょうか。
いいだろう。
タカシの意見は、生徒たちの幸せの度合いを基準に、今回の監視問題を判断してみようという提案だ。ベンサムの「最大多数の最大幸福」という功利主義の観点からみた場合、口元監視は有効な手段だろうか。
クニオ、君の意見はどうだい?
――私は功利主義の視点からみても、口元監視は社会全体の幸福を最大化しないと思います。だって、今回の問題が話題になってから、反対意見が数多く出ています。監視はやり過ぎだ、校長を擁護する橋下市長は間違っている、と。君が代のような意見の分かれる問題について、一方の権利を制限するようなやり方は、幸福の最大化にはつながらないと思います。ほどほどにしておけば、歌いたい人も歌いたくない人も幸せになったはずです。
トオル、君の意見を聞かせてほしい。
――僕は最大幸福につながると思います。橋下市長は口元監視を正しいと擁護しています。そして、いまの社会ではその判断を支持する人たちが多いと思います。だって、橋下市長はそうした主張で選挙を勝ち抜いてきたわけですから。いままでの卒業式では、そうしたことをしてこなかった。でも、起立斉唱しない教職員たちによって、卒業式が乱れていたのは事実です。それを不満に思っていた人たちが多かったからこそ、橋下市長が当選したとも言えます。ならば、乱れていた状態の卒業式より、規律を守らせようとする卒業式の方が、いまの社会全体でみれば幸福になる人は多いはずです。反論している人たちはむしろ少数で、少数の幸福を優先することは幸福の最大化につながらないと思います。それが民主主義です。
・・・・・NHKがこんな企画をやったら面白いと思うんだけどな。
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