大阪維新の会の橋下徹代表が「船中八策」の原案を発表した。国政進出に向けた政策集だ。
大阪の朝日新聞では11日の朝刊一面で取り上げられたが、なぜか橋下君は「単なるレジュメ」と控えめで、「重要な日ですねと言われたが、重要な日ではない」とさえ述べたという。
しかも、彼にしては珍しく、記者会見やぶら下がり取材も拒否した、と朝日新聞・橋下番のツイートにあった。
その理由を、国政を刺激したくないというような政治的な背景で読み解くこともできるのだろうけど、僕はあえて3・11が理由だったんじゃないかな、と考えた。
発表したのは前日の10日。でも新聞に載るのは11日。紙面は「あの日から一年」であふれてる。
もちろん、大きく取り上げられないという打算があったとの見方もできる。
でも、世の中の空気を読むことにとかく神経を研ぎ澄ませる彼のことだ。きっと、こう言われることを恐れたのではないか。
こんな大切な日に、国政進出に向けた政策集を発表して、浮かれてんじゃねーぞ。
何でこの日を発表の日にしたのだろう。彼にしてみれば痛い失敗だったと思う。いいかどうかは別にして、日本中がまるで喪に服するような一日だ。その日の朝に「橋下市長、政策集に自信」みたいな見出しの記事が載っては、反発をおぼえる人も少なくなかっただろう。
質問したって真意は明かさないだろうけど、そう考えることにする。まるっきりトンチンカンな見立てかもしれないけど、そう思いたい。
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