大阪市の橋下徹市長が、関西電力の株主総会に向けて株主提案をした。
その中に「可及的速やかに全原発を廃止」とある。
この真意について、考えた。
文字どおり読めば、いま稼働中の原発の全廃を求めている。
でも「可及的」だ。「できるだけ早く」「なるべく早く」というエクスキューズがついている。
ここがポイントだ。
誰だって、原発に頼らなくて電力を安定供給できたらいいな、と思ってる。
経済界にしても、電気料金の値上げさえなければ原発に頼る必要性はない。
メガソーラーや地熱発電で安価な電力が安定供給できれば、みんなハッピー。
つまり、「全原発の廃止」は、条件さえ整えば誰もが反対しない方針なのだ。
唯一、それでも反対があるとすれば、自民党の石破茂・前政調会長や読売新聞の社説のような「原発は潜在的な核抑止力になる」と考えている人たち。
実はこれが今後、「脱原発」の最大の論点になるような気がするけど、それはまだ先の話。
で、橋下君の「可及的速やかに」の読み解き方。
彼はきっと、「こうした条件が整えば、すぐにでも全廃します」という意味で使っている。
①原発がなくても、電力が安定供給できる体制づくり。
②原発がなくても、経済界が受け入れられる電気料金で供給できる体制づくり。
こんな感じ。
だけど、そんな素晴らしい電力供給体制が簡単にできたら苦労しない。
だから「できるだけ早く」という一文を入れている。
橋下君は「可及的速やか」の時期について記者から問われ、「言わないようにしている。言ったらいろんな意見が出てしまう」と認めている。
だってそうだ。
時期を切れるものではないから。
いわゆる「反原発」という意味で「全廃」という言葉をつかっているなら、「10年後に全廃」とか言えるはずだ。
でも、今回はそうしない。
なぜか。
彼は反原発主義者ではないから。
原発を争点にして選挙を戦うのが狙いだから。
選挙で勝っても、すぐには全廃できない。
だって、そんなにすぐに条件が整うわけがないから。
橋下君が首相になったら、
「全原発を廃止するために全力を挙げます。メガソーラーや地熱発電の開発を最優先に取り組みます。それまでは節電にもぜひ協力してください」
こんな感じになる。
間違っても、「すぐに廃炉に向けた手続きに入ります」とは言わない。
それなら「可及的速やかに」の一文は要らない。
今回の株主提案は、同じく関西電力の株主である神戸市と京都市も共同提案した。
ただ、「可及的速やか」の文言については「現実的ではない」(神戸市長)として、神戸市と京都市は「原発に依存しない持続可能な電力供給体制の早期構築」と言い換えた。
これについて橋下君は、「いろいろな考え方があると思う」と容認したという。
だって、同じことを言ってるんだもの。
2012年4月29日日曜日
2012年4月26日木曜日
禿げ上がった裁判官と橋下政治
小沢一郎の無罪判決をテレビで見て思った。
この禿げ上がった裁判官(大善文男さん)の判断ひとつで、日本政治が変わるかも知れないというのは、とてつもない権力行使だ。無罪とされたことで小沢氏復権への道筋が描かれ、消費増税や政界再編に大きな影響を及ぼすことになるのだから。
選挙で選ばれたわけでもない公務員がこんな権限を持っていいのかと疑問に思い、ウィキペディアで調べてみた。
日本の裁判官は内閣が任命することになっている。憲法80条にそう定めている。
内閣は国会の信任によって存在するのだから、ここで民意がはたらいていることになる。
なるほど。
ただ、どんな訴訟指揮をするかは、任命した時点ではわからない。
だから各地の裁判所で判断が右にいったり左にいったりする。
今回の大善さんも自民党支持者なのか民主党支持者なのか共産党支持者なのかは、わからない。
でも、そうしたことをひっくるめて、任命した裁判官に判断をゆだねているということなんだろう。
「ゆだねる」という言葉を書いていて、「お上」と橋下政治の関係に考えを巡らせた。
橋下君が錦の御旗にする「民意」とは、「自分たちで決めたい」という有権者の意志の表れだ。
これに対して、今回の裁判官のような「お上」(権力)というのは「決めたから、従いなさい」という立場。下々はその判断に従うことが求められる。
内田樹さんの「下流志向」(講談社文庫)に、「自己決定フェティシズム」という言葉が出てくる。
最近の若い人たちには、「自分のことは自分で決める」という自己決定権に対する固執がある。
自己決定したことであれば、それが結果的に自分に不利益をもたらす決定であっても構わない。
その典型例がニートだと指摘している。
そうした自己決定権の対極にあるのが「お上」だ。
「お上が決めたことだから従え」という権力行使には、自己決定の余地はない。
民主党の元代表といえども、判決に従うしかない。
そしていま、「お上」の信頼が揺らいでいる。
政権の支持率低迷はずーっと続いているし、腐敗政治の浄化を期待されていた地検特捜部の威信も落ちた。お上じゃないけど、大手マスコミだって批判の対象だ。
権力や権威への嫌悪感。
そこへ登場したのが橋下君だった。
橋下君の攻撃対象は、公務員組織であり、教育委員会であり、中央政府。「お上」そのもの。
そこへ容赦ない批判を浴びせ、その権力を奪うべく政治闘争を仕掛ける。
橋下君はいつも、判断の正当性の根拠を「選挙」という民意で説明しようとする。
選挙で選ばれた僕が決断する。反対なら次の選挙で落とせばいい。
「選ぶ」という有権者の自己決定の結果を、ことのほか重視してみせる。
「俺たちの選んだ橋下君が、お上をぶっ壊してくれる」
そのカタルシスが、自己決定したい人たちを橋下支持に向かわせる。
そんな仮説を立ててみた。
この禿げ上がった裁判官(大善文男さん)の判断ひとつで、日本政治が変わるかも知れないというのは、とてつもない権力行使だ。無罪とされたことで小沢氏復権への道筋が描かれ、消費増税や政界再編に大きな影響を及ぼすことになるのだから。
選挙で選ばれたわけでもない公務員がこんな権限を持っていいのかと疑問に思い、ウィキペディアで調べてみた。
日本の裁判官は内閣が任命することになっている。憲法80条にそう定めている。
内閣は国会の信任によって存在するのだから、ここで民意がはたらいていることになる。
なるほど。
ただ、どんな訴訟指揮をするかは、任命した時点ではわからない。
だから各地の裁判所で判断が右にいったり左にいったりする。
今回の大善さんも自民党支持者なのか民主党支持者なのか共産党支持者なのかは、わからない。
でも、そうしたことをひっくるめて、任命した裁判官に判断をゆだねているということなんだろう。
「ゆだねる」という言葉を書いていて、「お上」と橋下政治の関係に考えを巡らせた。
橋下君が錦の御旗にする「民意」とは、「自分たちで決めたい」という有権者の意志の表れだ。
これに対して、今回の裁判官のような「お上」(権力)というのは「決めたから、従いなさい」という立場。下々はその判断に従うことが求められる。
内田樹さんの「下流志向」(講談社文庫)に、「自己決定フェティシズム」という言葉が出てくる。
最近の若い人たちには、「自分のことは自分で決める」という自己決定権に対する固執がある。
自己決定したことであれば、それが結果的に自分に不利益をもたらす決定であっても構わない。
その典型例がニートだと指摘している。
そうした自己決定権の対極にあるのが「お上」だ。
「お上が決めたことだから従え」という権力行使には、自己決定の余地はない。
民主党の元代表といえども、判決に従うしかない。
そしていま、「お上」の信頼が揺らいでいる。
政権の支持率低迷はずーっと続いているし、腐敗政治の浄化を期待されていた地検特捜部の威信も落ちた。お上じゃないけど、大手マスコミだって批判の対象だ。
権力や権威への嫌悪感。
そこへ登場したのが橋下君だった。
橋下君の攻撃対象は、公務員組織であり、教育委員会であり、中央政府。「お上」そのもの。
そこへ容赦ない批判を浴びせ、その権力を奪うべく政治闘争を仕掛ける。
橋下君はいつも、判断の正当性の根拠を「選挙」という民意で説明しようとする。
選挙で選ばれた僕が決断する。反対なら次の選挙で落とせばいい。
「選ぶ」という有権者の自己決定の結果を、ことのほか重視してみせる。
「俺たちの選んだ橋下君が、お上をぶっ壊してくれる」
そのカタルシスが、自己決定したい人たちを橋下支持に向かわせる。
そんな仮説を立ててみた。
2012年4月22日日曜日
たまには違う話題を(最高裁の判決について)
橋下君とはまったく関係ないけど、最高裁判所が興味深い判決を出したので書く。
概要はこんな感じだ。
概要はこんな感じだ。
市長が外郭団体に違法な公金支出をした。
住民が裁判に訴え、裁判所は「違法に支出した公金を市に返すよう、外郭団体に請求せよ」と判決で命じた。つまり住民勝訴。
しかし、市議会が「返還させる必要はない」と言い出し、請求しないことを決めた(請求権の放棄)。
市長も「そうですよね」と言って裁判所の命令を無視し、違法な支出を是正しなかった。
これっていいの?
いいんです。
これが今回の最高裁判所の判断だった。
(http://www.asahi.com/national/update/0420/TKY201204200618.html)
(http://www.asahi.com/national/update/0420/TKY201204200618.html)
手続きは違法だけど、悪気があったわけではないし、不法な利益を得たわけでもない。
議会による請求権の放棄は法律で禁じられていないし、議会がムチャな判断をするのは容認できないけど、今回の議会の判断はそうでもない。というのが理由だ。
議会による請求権の放棄は法律で禁じられていないし、議会がムチャな判断をするのは容認できないけど、今回の議会の判断はそうでもない。というのが理由だ。
こうして、住民勝訴の判決は「帳消し」となった。
読売新聞と日経新聞の見出しは「違法支出 議会の請求放棄に制約 最高裁初判断」だった。
たしかに、判決は「議会の裁量権の乱用にあたるときは、請求権放棄の議決は違法になる」という判断を最高裁として初めて示した。議会が請求権を放棄してもいいけど、ムチャな判断の場合は違法になりますよ。読売と日経はこの点を強調した。
やっていいけど、注意してね、ということだ。
でも、そもそも、裁判所が「違法な公金支出」といったん判断したものを、議会が「返す必要はない」と言ったからといって、別の裁判所が「そうだよね」と追認してしまっていいのか。
朝日新聞の見出しは「『帳消し』適法 最高裁初判断」だった。
適法としたことが一番のニュースととらえたのだろう。
こんなこと、やっていいの? というニュアンス。
こんなとき、橋下君の感想を記者会見で聞いてみたい。
「住民の代表である議会の判断が尊重されるのは、当然だと思いますね」とか言うのかな。
じゃあ、司法の役割はどうなるんだろう。
「最高裁が判断したのだから、従うべきなんじゃないですかね」
それはそうだけどさ。
「議会も尊重してはいけない、最高裁の判断も気にくわない。そんなことだから、マスコミはご都合主義だと言われるんですよ」
そ、そうかな。
やっていいけど、注意してね、ということだ。
でも、そもそも、裁判所が「違法な公金支出」といったん判断したものを、議会が「返す必要はない」と言ったからといって、別の裁判所が「そうだよね」と追認してしまっていいのか。
朝日新聞の見出しは「『帳消し』適法 最高裁初判断」だった。
適法としたことが一番のニュースととらえたのだろう。
こんなこと、やっていいの? というニュアンス。
こんなとき、橋下君の感想を記者会見で聞いてみたい。
「住民の代表である議会の判断が尊重されるのは、当然だと思いますね」とか言うのかな。
じゃあ、司法の役割はどうなるんだろう。
「最高裁が判断したのだから、従うべきなんじゃないですかね」
それはそうだけどさ。
「議会も尊重してはいけない、最高裁の判断も気にくわない。そんなことだから、マスコミはご都合主義だと言われるんですよ」
そ、そうかな。
2012年4月18日水曜日
ワンフレーズは悪いことか
東京都の石原慎太郎知事が「東京都は尖閣諸島を買います」と発言して話題になっている。
民主党の閣僚からは「一時の人気取りだ」との批判があるようだけど、一言で人気がとれるなら、それはすごいことじゃないのか。
どんなに野田首相が声をからしたって、「一時の人気」もでないのだから。
橋下君が国政の場でデビューしたのは、大阪府知事時代の「ぼったくりバー」発言だった。
国の公共事業に対して都道府県が負担する「国直轄事業負担金」の請求書があまりにもいい加減で、「北新地でもこんな請求書はない」と批判した。事業名と総額の金額だけで、具体的な明細が一切なかったからだ。
この問題、まじめに文書にして批判しても難しすぎて話題にならなかっただろう。
それが、知事が公の場で「ぼったくりバー」なんて言葉を使ったものだから、テレビから新聞まで大きく取り上げ、その後の政治課題になった。
ワンフレーズポリティクスは、いつも批判の対象になる。
小泉首相がその筆頭格だ。「自民党をぶっ壊す」と勇ましかった。
でも、一言で世間の関心を集めることって、そんなに悪いことか。
ワンフレーズが問題になるのは、その言葉を引き金に政治がよからぬ方向に動いてしまうと思われているからだろう。
でも、見向きもされないワンフレーズの方が圧倒的に多い。
「失言」というワンフレーズだってある。
民主党の仙石由人政調会長代行が、大飯原発を再稼働しないと「集団自殺するようなもの」と発言して話題になったが、逆効果のワンフレーズだろう。
ワンフレーズが政治を動かすのは、その言葉が有権者の関心事を的確に突いたときだ。
石原知事の発言だって、朝日新聞の社説は「無責任」と批判してるけど、官房長官は国が購入する可能性に言及せざるを得なくなった。
言葉で政治を動かす。それは政治家の仕事そのものだと思う。
民主党の閣僚からは「一時の人気取りだ」との批判があるようだけど、一言で人気がとれるなら、それはすごいことじゃないのか。
どんなに野田首相が声をからしたって、「一時の人気」もでないのだから。
橋下君が国政の場でデビューしたのは、大阪府知事時代の「ぼったくりバー」発言だった。
国の公共事業に対して都道府県が負担する「国直轄事業負担金」の請求書があまりにもいい加減で、「北新地でもこんな請求書はない」と批判した。事業名と総額の金額だけで、具体的な明細が一切なかったからだ。
この問題、まじめに文書にして批判しても難しすぎて話題にならなかっただろう。
それが、知事が公の場で「ぼったくりバー」なんて言葉を使ったものだから、テレビから新聞まで大きく取り上げ、その後の政治課題になった。
ワンフレーズポリティクスは、いつも批判の対象になる。
小泉首相がその筆頭格だ。「自民党をぶっ壊す」と勇ましかった。
でも、一言で世間の関心を集めることって、そんなに悪いことか。
ワンフレーズが問題になるのは、その言葉を引き金に政治がよからぬ方向に動いてしまうと思われているからだろう。
でも、見向きもされないワンフレーズの方が圧倒的に多い。
「失言」というワンフレーズだってある。
民主党の仙石由人政調会長代行が、大飯原発を再稼働しないと「集団自殺するようなもの」と発言して話題になったが、逆効果のワンフレーズだろう。
ワンフレーズが政治を動かすのは、その言葉が有権者の関心事を的確に突いたときだ。
石原知事の発言だって、朝日新聞の社説は「無責任」と批判してるけど、官房長官は国が購入する可能性に言及せざるを得なくなった。
言葉で政治を動かす。それは政治家の仕事そのものだと思う。
2012年4月12日木曜日
北朝鮮ミサイルと橋下政治の共通点
北朝鮮のミサイル発射予告のニュースをみながら、大阪市の橋下徹市長の政治手法について考えた。
なんで北朝鮮がミサイル発射をするのかといえば、今後の外交交渉に有利に働くと考えているからだろう。決して、戦争をおっぱじめようとしているわけではない。
なんで今後の外交交渉に有利になるのか。「あんまり僕をいじめると、本物のミサイル、撃っちゃうよ」という脅しになるからだろう。「撃ってほしくなければ、言うこと聞いてよ」と。
なんでそういう脅しが効くのかといえば、米国が北朝鮮と戦争になることを望んでいないからだ。
「北朝鮮、許すまじ!」と本気で考えているなら、やれることは軍事行動しかない。
でも、そうなったら米軍の死傷者は出るわ、国際関係はめちゃくちゃになるわ、大変なコストがかかる。
それでいて、イラクみたいな石油資源があるわけでもない。
ミサイルを撃たれて困るのは米国だ。
こうして考えると、北朝鮮ってやりたい放題。
食糧支援は受けられなくなるかもしれないけど、そうしたら脅しのレベルをさらに上げて、核実験でもやればいい。
国際的にいくら非難されても、失うものはほとんどない。
金正恩体制が維持できれば、あとはどうでもいい。
で、橋下君。
きっと、こんな北朝鮮の政治手法を「すごい」と思って見ているに違いない。
産経新聞によると、橋下君は12日のぶら下がりで、北朝鮮を非難する一方で、日本の外交・防衛体制について、こう語ったという。
他国への信頼だけで平和は維持できない。自分たちで備えをしていくことが絶対に必要。
武力行使というわけではないが、適度な力と対話のバランスの中で平和が維持されていくことを、
僕らの世代はもう一度教育してもらわないといけない。
これって、今の北朝鮮のこと?
「他国への信頼だけで平和は維持できない」から、北朝鮮はミサイルや核の開発をしている。
「適度な力と対話のバランスの中で平和が維持されていくこと」を知っているから、北朝鮮は挑発と協議を繰り返している。
橋下君は、そういうことを「もう一度教育してもらわないといけない」と日本国民に訴えているのだ。
北朝鮮は資源もなく、軍事力も弱いのに、ミサイルや核を持ったことで米国や中国と対等に外交交渉をしている。
政治力としてはすごい。
橋下君の政治手法の基本が、こうした「脅しと対話」にあるのは間違いない。
たとえば、橋下君の「大阪維新の会」。
自民党や民主党などの既成政党のような組織力や資金力はない。あくまでも地域政党だ。
関西では人気があるけれど、全国でどれほど票を集めるかわからない。
いま総選挙になったとして、過半数を取れるだけの力はなさそうだ。
でも、野田政権は橋下君を無視できない。
だって橋下君の政策に反対したら、維新の会は民主党の議員がいる選挙区に「刺客」を立ててくるかもしれない。
大阪の選挙区には官房長官をはじめ政府と党の要職に就いている議員が多い。
そうした人たちの選挙区に、東国原氏などの有力候補を立てられたらどうなるか。
全国で過半数を獲れなくても、政権与党にとって十分な「脅し」になる。
だからこそ、大飯原発の再稼働にあたって、原発から100キロも離れた大阪市が「我々と安全協定を締結せよ」と要求しても、野田政権はまったく無視というわけにはいかない。
大阪市と大阪府を統合する「大阪都構想」に各党が取り組み始めたのも、総選挙で自分たちの議員を落選させたくないからだ。
刺客というミサイル、維新の会と戦争をしたくない民主党政権、独裁者みたいな橋下徹。
橋下君に、
「金正恩の政治手法について、どう思いますか」
と質問してみたい。
「すごいと思いますね」
なんて、素直に言うわけないか。
なんで北朝鮮がミサイル発射をするのかといえば、今後の外交交渉に有利に働くと考えているからだろう。決して、戦争をおっぱじめようとしているわけではない。
なんで今後の外交交渉に有利になるのか。「あんまり僕をいじめると、本物のミサイル、撃っちゃうよ」という脅しになるからだろう。「撃ってほしくなければ、言うこと聞いてよ」と。
なんでそういう脅しが効くのかといえば、米国が北朝鮮と戦争になることを望んでいないからだ。
「北朝鮮、許すまじ!」と本気で考えているなら、やれることは軍事行動しかない。
でも、そうなったら米軍の死傷者は出るわ、国際関係はめちゃくちゃになるわ、大変なコストがかかる。
それでいて、イラクみたいな石油資源があるわけでもない。
ミサイルを撃たれて困るのは米国だ。
こうして考えると、北朝鮮ってやりたい放題。
食糧支援は受けられなくなるかもしれないけど、そうしたら脅しのレベルをさらに上げて、核実験でもやればいい。
国際的にいくら非難されても、失うものはほとんどない。
金正恩体制が維持できれば、あとはどうでもいい。
で、橋下君。
きっと、こんな北朝鮮の政治手法を「すごい」と思って見ているに違いない。
産経新聞によると、橋下君は12日のぶら下がりで、北朝鮮を非難する一方で、日本の外交・防衛体制について、こう語ったという。
他国への信頼だけで平和は維持できない。自分たちで備えをしていくことが絶対に必要。
武力行使というわけではないが、適度な力と対話のバランスの中で平和が維持されていくことを、
僕らの世代はもう一度教育してもらわないといけない。
これって、今の北朝鮮のこと?
「他国への信頼だけで平和は維持できない」から、北朝鮮はミサイルや核の開発をしている。
「適度な力と対話のバランスの中で平和が維持されていくこと」を知っているから、北朝鮮は挑発と協議を繰り返している。
橋下君は、そういうことを「もう一度教育してもらわないといけない」と日本国民に訴えているのだ。
北朝鮮は資源もなく、軍事力も弱いのに、ミサイルや核を持ったことで米国や中国と対等に外交交渉をしている。
政治力としてはすごい。
橋下君の政治手法の基本が、こうした「脅しと対話」にあるのは間違いない。
たとえば、橋下君の「大阪維新の会」。
自民党や民主党などの既成政党のような組織力や資金力はない。あくまでも地域政党だ。
関西では人気があるけれど、全国でどれほど票を集めるかわからない。
いま総選挙になったとして、過半数を取れるだけの力はなさそうだ。
でも、野田政権は橋下君を無視できない。
だって橋下君の政策に反対したら、維新の会は民主党の議員がいる選挙区に「刺客」を立ててくるかもしれない。
大阪の選挙区には官房長官をはじめ政府と党の要職に就いている議員が多い。
そうした人たちの選挙区に、東国原氏などの有力候補を立てられたらどうなるか。
全国で過半数を獲れなくても、政権与党にとって十分な「脅し」になる。
だからこそ、大飯原発の再稼働にあたって、原発から100キロも離れた大阪市が「我々と安全協定を締結せよ」と要求しても、野田政権はまったく無視というわけにはいかない。
大阪市と大阪府を統合する「大阪都構想」に各党が取り組み始めたのも、総選挙で自分たちの議員を落選させたくないからだ。
刺客というミサイル、維新の会と戦争をしたくない民主党政権、独裁者みたいな橋下徹。
橋下君に、
「金正恩の政治手法について、どう思いますか」
と質問してみたい。
「すごいと思いますね」
なんて、素直に言うわけないか。
2012年4月5日木曜日
橋下君、ひどくないか
大阪市の橋下徹市長が、全面禁煙の市営地下鉄の構内でタバコを吸った助役を懲戒免職にするよう検討を指示したという。タバコの煙で火災報知機が作動し、地下鉄4本に最大1分の遅れが出た。
タバコ1本で免職かよ、と思ったら、橋下君は「免職は法的に問題があるかもしれないが、司法決着すればいい」と言ったという。
大阪市営地下鉄では2月に清掃作業員が梅田駅の倉庫でタバコを吸っていて火災が起き、大騒ぎになったばかりだ。
服務規律の厳格化をはかる時期に起きた今回の問題に、「許し難い」と怒り心頭のようだ。
でもこれ、ひどくないか。
「法的に問題があるかもしれない」ということは、違法性があるかもしれないということを認識しているということだ。
これって地方行政のトップによる「権力の濫用」じゃないのか。
橋下君は、いつものように危険球ぎりぎりの球を投げて、労働組合を威迫することを狙っているのかもしれない。
結局は、免職ではなく停職や減給に落ち着くのかもしれない。
地方公務員の懲戒処分の「ユルさ」をあぶり出すための観測気球という見方もできなくもない。
でも、そうした結果オーライで済ましてはいけない言葉だと思う。
野田首相が「法的に問題があるかもしれないが、原発は再稼働させていただく」と言ったらどうか。
原発はだめだけど、職員1人のクビぐらいならいいという問題か。
違法かどうかを最終的に判断するのは、言うまでもなく司法の役割だ。
橋下君はきっと、こんな弁解を考えているのだろう。
「もちろん、僕は違法とは思っていません。懲戒免職は当然だと思ってます。でも、相手側が違法と言ってくるかもしれない。そうなったら司法決着したらいい。そういう趣旨で言っただけです」
でも、朝日新聞を除く新聞各紙によれば、きょうの発言は「法的に問題があるかもしれないが」と明確に言っている。「問題があると指摘されるかもしれないが」ではない。
権力者が感情のおもむくままに公権力の行使をしたら、それは法治国家ではない。
あくまでも法律に従わなければならない。
その法律を決めるのは、国民が選んだ国会議員たちだ。
どんなに職員の行為が許し難くても、その一線は越えてはならない。
納得できないなら、法律を改正することで対処する。
それが、橋下君が日ごろ繰り返し強調している「民主主義」のルールじゃないか。
厳しい言い方をすれば、今回の橋下君の発言は、民主主義に対する挑発行為と映る。
タバコ1本で免職かよ、と思ったら、橋下君は「免職は法的に問題があるかもしれないが、司法決着すればいい」と言ったという。
大阪市営地下鉄では2月に清掃作業員が梅田駅の倉庫でタバコを吸っていて火災が起き、大騒ぎになったばかりだ。
服務規律の厳格化をはかる時期に起きた今回の問題に、「許し難い」と怒り心頭のようだ。
でもこれ、ひどくないか。
「法的に問題があるかもしれない」ということは、違法性があるかもしれないということを認識しているということだ。
これって地方行政のトップによる「権力の濫用」じゃないのか。
橋下君は、いつものように危険球ぎりぎりの球を投げて、労働組合を威迫することを狙っているのかもしれない。
結局は、免職ではなく停職や減給に落ち着くのかもしれない。
地方公務員の懲戒処分の「ユルさ」をあぶり出すための観測気球という見方もできなくもない。
でも、そうした結果オーライで済ましてはいけない言葉だと思う。
野田首相が「法的に問題があるかもしれないが、原発は再稼働させていただく」と言ったらどうか。
原発はだめだけど、職員1人のクビぐらいならいいという問題か。
違法かどうかを最終的に判断するのは、言うまでもなく司法の役割だ。
橋下君はきっと、こんな弁解を考えているのだろう。
「もちろん、僕は違法とは思っていません。懲戒免職は当然だと思ってます。でも、相手側が違法と言ってくるかもしれない。そうなったら司法決着したらいい。そういう趣旨で言っただけです」
でも、朝日新聞を除く新聞各紙によれば、きょうの発言は「法的に問題があるかもしれないが」と明確に言っている。「問題があると指摘されるかもしれないが」ではない。
権力者が感情のおもむくままに公権力の行使をしたら、それは法治国家ではない。
あくまでも法律に従わなければならない。
その法律を決めるのは、国民が選んだ国会議員たちだ。
どんなに職員の行為が許し難くても、その一線は越えてはならない。
納得できないなら、法律を改正することで対処する。
それが、橋下君が日ごろ繰り返し強調している「民主主義」のルールじゃないか。
厳しい言い方をすれば、今回の橋下君の発言は、民主主義に対する挑発行為と映る。
2012年4月3日火曜日
「脱原発」の真意
大阪府と大阪市のエネルギー戦略会議が、関西電力の6月の株主総会で、「脱原発」の経営方針を定款に明記する議案を固めたという。
関西電力の筆頭株主の大阪市の橋下徹市長も大筋で了承したというので、考えてみた。
戦略会議は原発稼働の条件として、「可及的速やかに全原発を廃止する」ことと「絶対的な安全制の確保」を定款に明記することを求めるという。
どうみても、これは無理だ。
原発事故があったばかりのこの時期に、電力会社が「ゼッタイにダイジョウブです」と言って誰が信じるのか。
そのくせ、戦略会議が福井県の大飯原発の再稼働にあたって関西電力に求める条件には、「絶対的な安全制の確保」は入れていない。
とりあえず再稼働のときはいいけど、将来的には「絶対的な安全制」を約束してね、ということか。
いずれにしても、「絶対的な安全制」なんて絶対的に信用できない。
では、なぜこのような要求を関西電力にするのか。
衆院選があるからだ。
株主総会での提案は、言いっぱなしだから責任がない。
受け入れられなかったら、「関西電力は市民感覚とずれている」とか言えばいい。
受け入れたとしても、その責任を果たすのは関西電力だ。大阪市ではない。
言いたい放題なのだ。
「脱原発」の旗印を鮮明にでき、しかも責任は伴わない。
選挙前にこれほどありがたい争点はない。
政権与党の民主党は責任があるから、そうはいかない。
福井県の大飯原発の再稼働については、本音では再稼働したいのだが、世論の空気にびびって決断できない。
橋下君はここでも攻勢に出て、原発から100キロ圏内の自治体との安全協定の締結を再稼働の受け入れ条件にしようとしている。大阪市とも締結しろということだ。
関西電力が協定を締結するようなことになれば、きっと橋下君は無理な要求を突きつけてくる。
要求を断れば、「関西電力は市民感覚とずれている」と言うに決まっている。
民主党政権が再稼働を決断すれば、総選挙に向けて橋下君の「脱原発」の旗印は鮮明になる。
民主党政権は、再稼働が必要な理由を毅然と国民に説明すればよかった。
「橋下市長は無責任だ。我々は責任ある政権与党として再稼働を決断した。もちろん不安がないとは思わない。1年をめどに結論を出す。まずは電力の安定供給で経済を安定させるというのが我々の義務だ」とかいって。
逆に、再稼働したくないというなら、きっぱりと「福島の原因究明ができるまで、再稼働はしません!」と宣言すればよかった。
でも、政権内でもたもたしているうちに、橋下君にどんどん攻め込まれてしまった。
橋下君のメンタリティーからして、「脱原発」というのはあんまり気乗りしない政策のはずだ。
彼のマッチョ思想や保守的な考え方からして、外国の化石燃料をあてにしないで発電できる原子力は大事にしたいエネルギーと思っているに違いない。
でも、選挙前の無責任なときには、何を言っても許される。
民主党だって政権を獲りに行ったときは、消費税を上げないとか、無駄を省いて財政再建するとか、言いたい放題だった。そうした選挙戦術をとったのは、橋下君が尊敬する小沢一郎元代表だ。
橋下君も政権を獲ったら、一転して、「よく勉強してみたら、当面は原子力は必要だということがわかった」とか言うような気がする。そうした「手のひら返し」はこれまで何度もやっている。
大阪府知事選に立候補したときだって、「2万%出ない」と言っていたのだから。
株主総会での提案は、言いっぱなしだから責任がない。
受け入れられなかったら、「関西電力は市民感覚とずれている」とか言えばいい。
受け入れたとしても、その責任を果たすのは関西電力だ。大阪市ではない。
言いたい放題なのだ。
「脱原発」の旗印を鮮明にでき、しかも責任は伴わない。
選挙前にこれほどありがたい争点はない。
政権与党の民主党は責任があるから、そうはいかない。
福井県の大飯原発の再稼働については、本音では再稼働したいのだが、世論の空気にびびって決断できない。
橋下君はここでも攻勢に出て、原発から100キロ圏内の自治体との安全協定の締結を再稼働の受け入れ条件にしようとしている。大阪市とも締結しろということだ。
関西電力が協定を締結するようなことになれば、きっと橋下君は無理な要求を突きつけてくる。
要求を断れば、「関西電力は市民感覚とずれている」と言うに決まっている。
民主党政権が再稼働を決断すれば、総選挙に向けて橋下君の「脱原発」の旗印は鮮明になる。
民主党政権は、再稼働が必要な理由を毅然と国民に説明すればよかった。
「橋下市長は無責任だ。我々は責任ある政権与党として再稼働を決断した。もちろん不安がないとは思わない。1年をめどに結論を出す。まずは電力の安定供給で経済を安定させるというのが我々の義務だ」とかいって。
逆に、再稼働したくないというなら、きっぱりと「福島の原因究明ができるまで、再稼働はしません!」と宣言すればよかった。
でも、政権内でもたもたしているうちに、橋下君にどんどん攻め込まれてしまった。
橋下君のメンタリティーからして、「脱原発」というのはあんまり気乗りしない政策のはずだ。
彼のマッチョ思想や保守的な考え方からして、外国の化石燃料をあてにしないで発電できる原子力は大事にしたいエネルギーと思っているに違いない。
でも、選挙前の無責任なときには、何を言っても許される。
民主党だって政権を獲りに行ったときは、消費税を上げないとか、無駄を省いて財政再建するとか、言いたい放題だった。そうした選挙戦術をとったのは、橋下君が尊敬する小沢一郎元代表だ。
橋下君も政権を獲ったら、一転して、「よく勉強してみたら、当面は原子力は必要だということがわかった」とか言うような気がする。そうした「手のひら返し」はこれまで何度もやっている。
大阪府知事選に立候補したときだって、「2万%出ない」と言っていたのだから。
2012年4月2日月曜日
無謬性のジレンマ
橋下君がツイッターでまた怒ってる。
「メディアに問う」ではじまる一文はつぎのような内容だ。
捏造された職員リスト問題で、職員リストをもとに議会で職員労組を追及した維新の会の杉村議員に、メディアは謝罪を求めている。
事実誤認があれば訂正する。でも、訂正したらなんでもかんでも謝罪しなければいけないのか。
メディアだって、事実誤認をしてもなかなか謝らない。
杉村議員はやれるだけのことはやった。労組に濡れ衣を着せたのは捏造した職員だ。
リストの裏取りは僕が交通局に指示して捏造を突き止めた。
公開された議会のやりとりで労組が迷惑をこうむったというなら、議会を非公開にすればいい。
朝日新聞だって、かつて僕の発言が裁判で違法とされたとき、社説で「弁護士資格を返上しては」とやりながら、最高裁で「違法性がない」と確定した後も、謝罪していないじゃないか。
このツイートには、「無謬性」をめぐるマスコミと橋下君のジレンマがひそんでいる。
マスコミが訂正をしてもなかなか謝らないというのは事実だろう。
新聞で「訂正」という見出しの記事はよくみても、「おわび」という見出しの記事はあまり見ない。
前者は「記事は間違いでした。本当はこうです」という事実誤認を訂正する記事。
後者は「記事は間違いでした。本当はこうです。ごめんなさい」という事実誤認の訂正と謝罪を表明する記事だ。
マスコミにとって「訂正」や「おわび」は不名誉なことだ。記事の誤りを認めることは、その報道機関の信頼性を損なうことになりかねないから。
「マスコミは正しい」
これがマスコミのジレンマ。この「無謬性」が行き過ぎると、「間違えても訂正しない」「間違えても謝らない」という本末転倒の行動に結びつく。橋下君が指摘しているのはこの点だ。
でも、橋下君にも「無謬性」のジレンマはあると思う。
橋下君はいま、労働組合と戦争状態だ。市役所にあった労組の事務所に退去を命じ、政治活動とのかかわりをアンケート調査し、締め付けを強めている。
それを可能にしているのは世論の後押しだ。
「労働組合は悪」
そんな雰囲気があるからこそ、多少の行き過ぎも許される。
北海道大の中島岳志准教授がよく指摘する「世論」と「輿論」の違いでいえば、オピニオンとしての輿論ではなく、気分のような世論が労組バッシングを支えている。
もし労組に「ごめんなさい」とやってしまったら、そうした世論の空気が変わりかねない。
それは労組に反撃の余地を与えることになる。
意地でも「間違ってました」と言ってはいけないのだ。
これが橋下君が抱える無謬性のジレンマ。
なんだか大変そうだ。
「メディアに問う」ではじまる一文はつぎのような内容だ。
捏造された職員リスト問題で、職員リストをもとに議会で職員労組を追及した維新の会の杉村議員に、メディアは謝罪を求めている。
事実誤認があれば訂正する。でも、訂正したらなんでもかんでも謝罪しなければいけないのか。
メディアだって、事実誤認をしてもなかなか謝らない。
杉村議員はやれるだけのことはやった。労組に濡れ衣を着せたのは捏造した職員だ。
リストの裏取りは僕が交通局に指示して捏造を突き止めた。
公開された議会のやりとりで労組が迷惑をこうむったというなら、議会を非公開にすればいい。
朝日新聞だって、かつて僕の発言が裁判で違法とされたとき、社説で「弁護士資格を返上しては」とやりながら、最高裁で「違法性がない」と確定した後も、謝罪していないじゃないか。
このツイートには、「無謬性」をめぐるマスコミと橋下君のジレンマがひそんでいる。
マスコミが訂正をしてもなかなか謝らないというのは事実だろう。
新聞で「訂正」という見出しの記事はよくみても、「おわび」という見出しの記事はあまり見ない。
前者は「記事は間違いでした。本当はこうです」という事実誤認を訂正する記事。
後者は「記事は間違いでした。本当はこうです。ごめんなさい」という事実誤認の訂正と謝罪を表明する記事だ。
マスコミにとって「訂正」や「おわび」は不名誉なことだ。記事の誤りを認めることは、その報道機関の信頼性を損なうことになりかねないから。
「マスコミは正しい」
これがマスコミのジレンマ。この「無謬性」が行き過ぎると、「間違えても訂正しない」「間違えても謝らない」という本末転倒の行動に結びつく。橋下君が指摘しているのはこの点だ。
でも、橋下君にも「無謬性」のジレンマはあると思う。
橋下君はいま、労働組合と戦争状態だ。市役所にあった労組の事務所に退去を命じ、政治活動とのかかわりをアンケート調査し、締め付けを強めている。
それを可能にしているのは世論の後押しだ。
「労働組合は悪」
そんな雰囲気があるからこそ、多少の行き過ぎも許される。
北海道大の中島岳志准教授がよく指摘する「世論」と「輿論」の違いでいえば、オピニオンとしての輿論ではなく、気分のような世論が労組バッシングを支えている。
もし労組に「ごめんなさい」とやってしまったら、そうした世論の空気が変わりかねない。
それは労組に反撃の余地を与えることになる。
意地でも「間違ってました」と言ってはいけないのだ。
これが橋下君が抱える無謬性のジレンマ。
なんだか大変そうだ。
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