小沢一郎の無罪判決をテレビで見て思った。
この禿げ上がった裁判官(大善文男さん)の判断ひとつで、日本政治が変わるかも知れないというのは、とてつもない権力行使だ。無罪とされたことで小沢氏復権への道筋が描かれ、消費増税や政界再編に大きな影響を及ぼすことになるのだから。
選挙で選ばれたわけでもない公務員がこんな権限を持っていいのかと疑問に思い、ウィキペディアで調べてみた。
日本の裁判官は内閣が任命することになっている。憲法80条にそう定めている。
内閣は国会の信任によって存在するのだから、ここで民意がはたらいていることになる。
なるほど。
ただ、どんな訴訟指揮をするかは、任命した時点ではわからない。
だから各地の裁判所で判断が右にいったり左にいったりする。
今回の大善さんも自民党支持者なのか民主党支持者なのか共産党支持者なのかは、わからない。
でも、そうしたことをひっくるめて、任命した裁判官に判断をゆだねているということなんだろう。
「ゆだねる」という言葉を書いていて、「お上」と橋下政治の関係に考えを巡らせた。
橋下君が錦の御旗にする「民意」とは、「自分たちで決めたい」という有権者の意志の表れだ。
これに対して、今回の裁判官のような「お上」(権力)というのは「決めたから、従いなさい」という立場。下々はその判断に従うことが求められる。
内田樹さんの「下流志向」(講談社文庫)に、「自己決定フェティシズム」という言葉が出てくる。
最近の若い人たちには、「自分のことは自分で決める」という自己決定権に対する固執がある。
自己決定したことであれば、それが結果的に自分に不利益をもたらす決定であっても構わない。
その典型例がニートだと指摘している。
そうした自己決定権の対極にあるのが「お上」だ。
「お上が決めたことだから従え」という権力行使には、自己決定の余地はない。
民主党の元代表といえども、判決に従うしかない。
そしていま、「お上」の信頼が揺らいでいる。
政権の支持率低迷はずーっと続いているし、腐敗政治の浄化を期待されていた地検特捜部の威信も落ちた。お上じゃないけど、大手マスコミだって批判の対象だ。
権力や権威への嫌悪感。
そこへ登場したのが橋下君だった。
橋下君の攻撃対象は、公務員組織であり、教育委員会であり、中央政府。「お上」そのもの。
そこへ容赦ない批判を浴びせ、その権力を奪うべく政治闘争を仕掛ける。
橋下君はいつも、判断の正当性の根拠を「選挙」という民意で説明しようとする。
選挙で選ばれた僕が決断する。反対なら次の選挙で落とせばいい。
「選ぶ」という有権者の自己決定の結果を、ことのほか重視してみせる。
「俺たちの選んだ橋下君が、お上をぶっ壊してくれる」
そのカタルシスが、自己決定したい人たちを橋下支持に向かわせる。
そんな仮説を立ててみた。
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