2012年4月2日月曜日

無謬性のジレンマ

橋下君がツイッターでまた怒ってる。
「メディアに問う」ではじまる一文はつぎのような内容だ。

捏造された職員リスト問題で、職員リストをもとに議会で職員労組を追及した維新の会の杉村議員に、メディアは謝罪を求めている。
事実誤認があれば訂正する。でも、訂正したらなんでもかんでも謝罪しなければいけないのか。
メディアだって、事実誤認をしてもなかなか謝らない。
杉村議員はやれるだけのことはやった。労組に濡れ衣を着せたのは捏造した職員だ。
リストの裏取りは僕が交通局に指示して捏造を突き止めた。
公開された議会のやりとりで労組が迷惑をこうむったというなら、議会を非公開にすればいい。
朝日新聞だって、かつて僕の発言が裁判で違法とされたとき、社説で「弁護士資格を返上しては」とやりながら、最高裁で「違法性がない」と確定した後も、謝罪していないじゃないか。

このツイートには、「無謬性」をめぐるマスコミと橋下君のジレンマがひそんでいる。

マスコミが訂正をしてもなかなか謝らないというのは事実だろう。
新聞で「訂正」という見出しの記事はよくみても、「おわび」という見出しの記事はあまり見ない。
前者は「記事は間違いでした。本当はこうです」という事実誤認を訂正する記事。
後者は「記事は間違いでした。本当はこうです。ごめんなさい」という事実誤認の訂正と謝罪を表明する記事だ。
マスコミにとって「訂正」や「おわび」は不名誉なことだ。記事の誤りを認めることは、その報道機関の信頼性を損なうことになりかねないから。

「マスコミは正しい」

これがマスコミのジレンマ。この「無謬性」が行き過ぎると、「間違えても訂正しない」「間違えても謝らない」という本末転倒の行動に結びつく。橋下君が指摘しているのはこの点だ。

でも、橋下君にも「無謬性」のジレンマはあると思う。

橋下君はいま、労働組合と戦争状態だ。市役所にあった労組の事務所に退去を命じ、政治活動とのかかわりをアンケート調査し、締め付けを強めている。
それを可能にしているのは世論の後押しだ。

「労働組合は悪」

そんな雰囲気があるからこそ、多少の行き過ぎも許される。
北海道大の中島岳志准教授がよく指摘する「世論」と「輿論」の違いでいえば、オピニオンとしての輿論ではなく、気分のような世論が労組バッシングを支えている。
もし労組に「ごめんなさい」とやってしまったら、そうした世論の空気が変わりかねない。
それは労組に反撃の余地を与えることになる。
意地でも「間違ってました」と言ってはいけないのだ。

これが橋下君が抱える無謬性のジレンマ。
なんだか大変そうだ。

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