2012年3月3日土曜日

原発事故と政治のデッドロック

思想家の内田樹氏が著書「原発と祈り」(メディアファクトリー)でこんなことを言っていた。

「電力会社側は『万が一の危険もない』って断言した手前、『万に一つの危険』に対して備えをすることができなくなる。自分で自分を手を縛ってしまう」
「反対派は、電力会社が安全性の基準を上げようとすると、その補正の動きを危険の兆候だと見なす」
「両方ともが無意識のうちに、事故が起きるほうこうに向かっているんだよ」

原発反対派が揚げ足を取ることに躍起になればなるほど、電力会社は揚げ足を取られまいとして、かえって原発の安全性を高められなくなるというアイロニー。

「とりあえず、どうやって安全に操業するかという純粋にテクニカルな議論に集中すべきなのに、そういう提案をした瞬間に『お前は原発推進派なんだな』って批判される」
と内田氏は嘆く。

こういうデッドロックって政治の世界にもあると思う。

先日の党首討論。
自民党の谷垣総裁から
「税制改革だけ先行して提出するのでは、一体改革の名に値しない」
と批判された野田首相が
「大綱にも『順次実施する』と書いてある。一体改革だ」
と強弁して失笑された。

こうした詭弁を聴かされるにつけ、有権者は政治不信を募らせる。
野党は揚げ足を取ることに一生懸命で、政府は「誤りを認めてはならない」と頑なになる。
建前の応酬ばかりで、本音のぶつかり合いがない。
それが政治のデッドロックを生んでいる気がしてならない。

橋下政治がスピード感をもつのは、この類いのデッドロックがないからだ。
本音トーク、全開。
有権者が「そうそう」と思えることを、ずばり突く。
少々口が悪くても信用されるのは、うそをつかないと思われているからだろう。
「僕は不適切な発言ばかりやってる」と言い放って平気な顔。
良くも悪くも開き直りがうまい。

小泉首相もそんな感じだった。
「この程度の約束を守らないことは、たいしたことではない」
と公約違反を認めて予算委員会が騒然となったことがあったけれど、
「そうだそうだ」と思った有権者も多かったに違いない。

こういう乱暴な言動に、批判は多い。
でも、動かない政治よりはマシ、と思えてしまう。

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