2012年3月9日金曜日

「きれいごと」を嫌う理由

橋下市長が憲法9条発言で話題になっているという(朝日新聞3月9日朝刊)。

「東日本大震災のがれき処理を拒否するのは、自分の嫌なことはしないという憲法9条が原因だ」
ツイッターや記者のぶら下がりで述べたそうだ。

どうして、この二つが結びつくのか。

憲法9条が、その精神は素晴らしいものだとしても、現実と離れた部分があることに異論はないと思う。陸海空軍は保持しないというのに、自衛隊はあるわけだから。

橋下君が言いたいのは、こういうことだろう。

憲法9条で戦争の放棄って言ったって、自衛隊や在日米軍に自国の領土を守ってもらってるじゃねえか。それなのに「私たちは憲法9条で戦争の放棄をうたっています。戦争反対です」なんて言うのはきれいごとだ。現実を無視した「エゴ」だ。
「頑張ろう日本」「絆」と言いながら、被災地のがれき処理を拒否するのも「エゴ」だ。きれいごとばかり言いやがって。
「絆」というからには、リスクも共有しろ。それができないなら、絆なんて言うんじゃねえ。

こんな感じ(もちろん私の想像だけど)。

橋下君は、権利ばかり主張して義務を負わない人が嫌いだ。自分自身が苦労して(つまり義務を果たして)いまの立場にいるという自負が強いので、そうなるのだろう。
だから、労組は大嫌い。もともと労働者の権利を守るための組織だから仕方がない面はあるのだが、容赦しない。

リスクを負わない人たちも嫌い。象徴は公務員だ。
新聞の論説委員やテレビのコメンテーターに何かと文句をつけてくるのも、新聞やテレビという大組織を背景にモノを言ってくるのが気にくわないから。大企業の集まりの財界も好きじゃない。
逆に、スポーツ選手とか芸能人とか自分の腕一本で勝負している人たちには敬意を払う。やしきたかじんや紳助に心酔しているのも、そうした理由だと思う。

こうした視点から見ると、憲法9条とがれき処理の問題は同じカテゴリーに見えてくる。

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