橋下君が大飯原発再稼働をめぐって反対姿勢をトーンダウンさせたのは、総選挙が遠のいたと判断したからだ、と前回のブログ「橋下君のトーンダウンの真意」に書いた。
22日付の朝日新聞(大阪本社版)を読むと、東京都副知事の猪瀬直樹さんも同じ見立てのようだ。
「要するに、この夏は決戦のときじゃないと、橋下氏は見切ったんだよ」と発言している。
でも、もっと深いところに真意があるのではないか、と思いついたので書く。
それは小沢一郎氏との関係だ。
週刊文春の先週号に、「小沢氏の妻の手紙」が掲載された。小沢氏がとんでもない人物で、東日本大震災のときも原発事故がこわくて地元の岩手に行かなかった、とこき下ろしている。
大手マスコミが追いかけていないので影響はわからないが、かなり痛いネタだろう。
こういう記事が出ること自体、小沢氏の求心力の低下をうかがわせる。
で、橋下君。小沢氏との連携に見切りをつけたのではないか。
というか、野田政権と小沢氏を両天秤にかけ、さらに自民党も入れた「三すくみ」の状況を想定して、等距離外交に方針を切り替えたような気がする。
大阪維新の会が衆院選に向けて準備を進めているのは間違いない。
そして、一気に政権に就こうとしていることも間違いないだろう。みんなの党のように野党でボチボチやっていたら、求心力は持たない。
であるならば、少数であってもキャスティングボートを握ることが必要だ。
「民主党政権を倒す」といっていたころの橋下君は、小沢氏と組んで政権を奪おうと勢い込んでいたはずだ。
だが、総選挙は遠のき、小沢氏の勢いにもかげりが見えてきた。
ならば野田政権とも関係を保ちながら、小沢グループや自民党ともつかず離れずの関係を演じる。
そして、勝てると判断できた時点でその勢力と組んで政権を獲る。
それが総選挙までの戦略だと思い定めたのではないか。
民主党が政権交代を成し遂げた2009年夏の衆院選挙のときも、橋下君は自民党と民主党を両天秤にかけて、なかなか支持政党を明らかにしなかった。
そうしているうちに両党から秋波をおくられるようになり、橋下君は大いに存在価値を高めたのだ。
宮崎県の東国原知事が自民党から出馬を打診され、「総裁選候補にしてくれたら」と強気に出て世論の支持を失ったのとは好対照だった。
今回も同じ戦略に出たと考えると、「トーンダウン」のつじつまが合うのである。
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