2012年2月15日水曜日

おかんと民意


橋下市長がかつて大阪府知事になったばかりのころ、大阪府庁の幹部職員にあれこれ指示していて、逆に職員から意見されたことがある。そのとき、彼はこう言い放った。


「あなたが183万票とってから、言ってください」


ひどい言い方だなーと当時は思った。
ただ、いまは思う。たぶんそれが精いっぱいの反論ではなかったか。


タレント弁護士から知事になった彼にとって、膨大な情報と経験を持つ役人はまともに太刀打ちできない相手だった。そんなとき、唯一のよすがは「民意」だった。


彼の発言をみると、「民意」を出すときは論理的に説得仕切れない事柄が多い。
教育の問題や大阪都構想など、「これしかない」という明確な回答のない問題を決断するとき、彼は「民意」を持ち出す。


独善的な言い方にも聞こえるが、重要な政策決定をするときの彼の不安さの裏打ちでもあるようにも思う。橋下市長を「傲慢だ」と片付けるのは、彼を理解する助けにならない。そんな人間がこれだけ有権者に支持されるのは、「有権者は愚かだ」というほかに説明がつかないからだ。






橋下市長はかつて、「おかん」を持ち出すことがあった。
「おかんに怒られまして」といった具合に、問題の収束をはかる。
たとえば、朝日新聞批判。


社説で「弁護士資格を返上しては」と書かれたことに激怒し、一時は「廃刊にすべき」とまで言い放った。奈良県の総務部長が、産経新聞の不買運動をフェイスブックに書いて陳謝したのとはわけが違う。知事という地方自治体の長が新聞社の廃刊まで迫ったのだ。


だが、結局は数日後に発言をやめることになった。そのときの言い訳が、「うちは朝日新聞で食わせてもらっていて(両親は販売の仕事をしていた)、母親から怒られました」というものだった。


論理的に「廃刊」の発言を引っ込めようと思ったら、「発言を取り消します」という、よくある政治家の言い訳と同じになってしまう。そこで持ち出したのが「おかん」という非論理的な理由だった。笑いにして、ごまかしたのである。
これをやられると、論理的な反論はしにくい。「おかんとは、何事だ!」と朝日新聞がいきりたっても、読者は引くだけである。「もう謝ってるんやから、許してやり」ということになる。






「民意」と「おかん」
いずれも橋下市長にとって議論を制する殺し文句であることに、違いはない。

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